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Profile

  • 2008-03-20 (木) 0:05

・組織名称

Radio Trick

・組織設立

2000/10/8(サイト自体は1998/4/13 公開開始)

・開局日

2000/10/8

・送信所

http://deeptrial.sakuraweb.com/(メイン)
http://www.radiotrick.com/deep/(再放送)

・管理責任者

おさないたかお(Blueberry Project)
 地上波レギュラー(エフエムさがみでの担当)
 「Weekly Hotline」(Saturday 12:00-14:00 Direction/Personality)
 「Now & Know」(Saturday 16:00-17:00 Direction)
 「Sunday Request Line」(Sunday 13:00-16:00 Reporter)
 
 地上派単発
 クリスマス特番「Message For You」2004年パーソナリティー

 
 経歴(敬称略)
 3個上の兄の影響で「三宅裕司のヤングパラダイス(LF)」「とんねるずのオールナイトニッポン(LF)」を聞きかじっていた青春時代。一時期、原チャリや車の方面に傾倒し、ラジオと一緒の生活から離れるも、1996年にコミュニティFM局・鎌倉エフエムで放送していた「おさるのさんぽみち(DJ:菊池志穂)」という番組から、再びラジオと親しむ生活に。コミュニティFM局としては異例の週100通越えのメッセージ数(DJが当時爆発的人気を誇っていたゲーム「ときめきメモリアル」の声優さんだったのと、当時のコミュニティFM局、特に鎌倉エフエムにはかなり勢いがあったからと推測。後の)をかいくぐり、何かしらメッセージを読まれるといういわゆる常連投稿者として活動。後の「ラジオの中の人」の原点はニッポン放送、基礎を作ったのは鎌倉エフエム「おさるのさんぽみち」であったことが言えよう。
 
 「おさるのさんぽみち」終了と前後して、Blueberry Project代表・どすこいてじま、伝説のドライバー・ファンキーにいやしげお、腰使いテクつかごし らと出会う。鎌倉エフエムからエフエムさがみに転じた彼らを追う様にエフエムさがみでの番組群にメッセージを送る日々。1998年夏にはリクエスト番組の女性パーソナリティーが2週間の旅に出ると言うことで、現在の「Now & Know(一般公募のパーソナリティーが担当するという番組)」の原型である代打パーソナリティー公募企画があり、それに何を血迷ったか応募。厳正なるあみだと当時のリクエスト番組ディレクター・テクつかごしの自宅から近かった(中学時代の先輩後輩だった為)事などがあり合格。どすこいてじまとリクエスト番組を担当。そのまま中の人入りするかと思われたが、Blueberry Projectはエフエムさがみでの番組製作休止と言う諸般の事情があり、そのまま1リスナーとして潜伏することに。AM KOBE(現ラジオ関西)の番組に関東から投稿して、隔週でなにかしら読まれるとか訳の分からないことをしていたのもこの頃である。
 
 エフエムさがみでBlueberry Projectが番組製作を再び行い始めたのは休止から1年後の1999年夏。菊池志穂がコミュニティFM局で3年ぶりに担当した「おさるのうっきーサマー」から。潜伏期間内に中の人々との親交を深めていたが、1リスナーとして投稿者生活復帰。その後、「Weekly Hotline」「Non Stop Radio」「Now&Know」「Groove Night(→Groove on Groove)」「Sunday Request Line」と言う、現在のBlueberry Project製作番組群が復帰、もしくはスタート。リスナーとして相変わらずな面々の喋りに「ラジオはやっぱり楽しい」と言う思いを強く抱いていた。
 
 そんな1リスナーの転機は1999年9月に行われた防災特番時の臨時中継ドライバー依頼と伝説のドライバー・ファンキーにいやしげおの引退騒動(後に暫定復帰)に伴うオファー。中学時代の先輩でもあるテクつかごしの打診に応じる形で1999年11月1週より「Sunday Request Line」の暫定中継ドライバーとして中の人入り。ただ、あくまでも暫定であり2~3ヶ月間に後任を探すと言う話であった。第二期復帰時にどすこいてじまに対して内々のスタッフ参画を打診し、やんわりと「投稿者でいて欲しい」と言う話があり、リスナーとして存在し続けていようと思っていた矢先のオファーだったので、比較的すんなり受け入れた形。
 
 だが、今から思えば、この暫定ドライバー就任がその後の「休み無し夫ちゃん・面白い兄ちゃん化」の第一歩だった。
 
 ・2000年6月7月に念願だった「Now&Know」の喋り手を担当。しかも後に「Now&Know」担当ディレクターへ。
 ・2003年4月から「Weekly Hotline」の担当ディレクター。しかも後にパーソナリティー、さらに2007年4月頃よりワンマンスタイルへ。
 ・暫定だった「Sunday Request Line」の中継ドライバーがレギュラーになり、レポーターの人事異動(スタジオ班へ)に伴い、ところてん方式で中継レポーター就任。レポーター在位期間はBlueberry Project内で最長。
 
 気が付けばBlueberry Projectの代表を除くディレクター陣の中では一番の古株(まよなからじお120ディレクターの方がスタッフ歴は長いのですが、欠落期間あり)化。喋り手陣の中では、伊藤はるかに次いでの長期間の在任。
 
 平日は別の仕事をしているが、週末になるとよく言えば「ある程度なんでも出来る」、悪く言えば「こき使われている状況」を日々エンジョイしている。 
 
 とまぁ、ざっとラジオ関連の略歴を書きだしてみました。なんやかんやと小さいながら放送関連の色々をやってますけど、基本的には「プロのアマチュア」です。「カタギの誇り」を持って色々楽しいことを探している兄ちゃんであります。面白い話がありましたら、メールフォームなどからお問い合わせ下さい。

・製作協力

Blueberry Project

・制作機材

収録機材/Zoom H2
パソコン/DELL Inspiron 1520
使用ソフト/DEGIONSOUND4 EXPRESS

・制作番組

Deep Trial -21-

・制作理念

一,面白い方に100点を賭けよう!
一,ノリと勢いが一番重要!
一,自分が意識するほど人は自分を気にしていない!
一,言い間違いを恐れるな!
一,不意打ち速攻!

・スローガン

2000年「FOR THE COMEDY 2000」(コメディの為に)
2001年「FOR THE COMEDY 2001 STRIVE FOR THE TALK」(喋りの為に努力する)
2002年「FOR THE COMEDY 2002」(2000年と同様)
2003年「AMBITION FOR COMEDY」(コメディへの執心)
2004年「The Iron Heart buds this year. 」(今年から鉄道心が芽生える)
2005年「BUILDING OUR TRAVEL! ~旅をみんなで~」
2006年「LET US DO IT AGAIN ~もう一度、ネタをみんなで!~」
2007年「ALL HANDS TO THE COMEDY! ~結束、ネタのために~」
2008年「A Passion for Our Mascot, A Commitment to The Comedy ~球団マスコットに情熱を、ネタに誓いを~」

※こんにちは。生まれついてのパロディ屋です。

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